美和山古墳群
立石家
宇那堤が森
高野神社
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二宮桜町
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美和山古墳群(みわやまこふんぐん)

クリニックから歩いて5分ほどのところに“美和山古墳群”があります。
4世紀ごろに作られたといわれています。“胴塚・耳塚・蛇塚”などからなり、“胴塚”は戦国時代には美しい和山城として利用されていました。

昭和52年に国指定史跡となっています。

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立石家

高野神社の参道ぞいには立石家の梅林が広がっています。立石家は、平安時代の終わりごろ、豊前国立石村(大分県)から津山へ移り、江戸時代には、津山半の大庄屋として藩と農民の調整役を務めていました。
また、屋敷の中にはJR姫新線が通っています。    (「津山百景」 山陽新聞社より)

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宇那堤森(うなでがもり)

「ウナデ会」(法人名)はクリニックの前にある「宇那提森(うなでがもり)」からいただきました。

宇那提森(うなでがもり)は、万葉集など多くの歌に詠まれた水辺の森でありましたが、備前の戦国大名・宇喜田直家が砦の用材として伐採し、今ではその時に一本だけ残したとされる、樹齢700年以上の大きなムクノキのある、高野神社の小さな社叢となっています。ムクノキの下で遊ぶ子ども達の姿がよくみられ、高野神社の秋祭りには、御神幸があり神楽や獅子舞が奉納されます。

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高野神社(たかのじんじゃ)

クリニックの前の宇那提森(うなでがもり)からはじまる参道を行くと、「今昔物語」に”中山は猿、高野は蛇”と記されている高野神社があります。
高野神社の祭神の??草葺不合命(うがやくさふきあえずのみこと)は水の神です。社殿を営んだのは安閑天皇二年(534)とされており、現本殿は、寛文3年(1633)に森長継によって再建されたものです。

宝物館には、在銘の神像としてはわが国、最大最古の像である、阿形・吽形(あぎょう・うんぎょう)の2躯からなる、木造随身立像があります。作者は筑後講師厳成です。(国指定重要文化財)

また、高野神社随身門に掲げられていたとされる「正一位高野大明神」の文字を持つ「木造神号額」は藤原行成(972〜1027)の筆跡とされています。宝物館にあるものは忠実なコピーで、本物は岡山県立博物館に寄託されています。(国指定重要文化財)

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二宮桜町

クリニックのある町内は桜町と呼ばれています。

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